デザインの裏側にあるもの。──セシリエ・マンツ展の軌跡。
2023年春に開催した国内初となるセシリエ・マンツ氏の個展。展覧会を通して見えてきたセシリエ・マンツ氏のデザイン思想とその魅力を、企画ディレクターの猪飼尚司氏に話を聞きました。
── まずは展覧会の構成について簡単にご説明いただけますか?
2023年5月末から約1ヶ月にわたり、東日本橋のmaruni tokyoと高田馬場のBaBaBaの2会場で開催されたセシリエ・マンツ「TRANSPOSE 発想のめぐり」。
全体を5つのテーマ「ARITA|有田の記憶」「TEGNESTUEN|創作の現場」「MÅLTID|食事の風景」「AD HOC|新しいアイデア」「A Hint of Colour|色彩の意識」に分け、世界の舞台で活躍するトップデザイナーのクリエーションの背景を新しい手法で紹介したものでした。
── どのような経緯で、展覧会を企画されたのですか?
ジャーナリストとして、セシリエ・マンツの活動を見続けるなかで、穏やかなデザインの裏に見え隠れする奥深さ、確実な感覚はどこから生まれるのか。ずっと気になっていました。
どのような空間にもマッチする素朴でやさしい印象のプロダクトから感じ取る、凛とした雰囲気、優雅な品格。セシリエはどんな景色を眺め、意識し、感じているんだろう。どこが気になっているんだろう。デンマークのスタジオを訪れたときに、そもそもその思想や感覚の背景に何があるのかを教えてほしいと話したことがきっかけでした。
── どのようなプロセスを経て準備を進めていったのでしょう?
僕自身、展覧会のコンセプトやテキスト制作を担当することはあっても、ゼロから企画を担当するのは始めてだったので、まったくの手探りでした。
ただ、多くのデザインや家具に関する展示は、これまでにデザインした作品群を時系列や分野ごとに並べたり、制作過程を段階的に紹介するものがほとんど。これではデザインが生まれる前、デザイナーがそもそも持っている思想に入り込むことはできませんし、鑑賞者が自身の感覚に置き換えるのも難しい。そのため、セシリエの幼少期の記憶、個人的に経験してきたこと、日常生活や仕事を取り巻く情景、身の回りにおいて大切にしているものなどを積極的に見せてほしいとお願いしました。
── 特にフォーカスしたのはどのあたりですか?
今回は日本初の展示であったこともあり、日本と関係性のあるものを軸にセシリエに構成を考えてもらいました。陶芸家の両親と幼少期に過ごした佐賀県有田町での記憶、訪日するたびに各地で集めた工芸やオブジェ、普段つかっている和食器などを紹介しながらも、それらがセシリエの特別なプライベートコレクションというわけでなく、日常の暮らしや創作とともに彼女のなかで息づく様子が垣間見えます。
また、あまり説明を多く加えないことにも留意しました。目の前に広がる状況はクリエイター独断のものでなく、誰にも存在しうる日常の様子。そんな普遍的なセシリエの視点を伝えつつ、対峙する来場者が鑑賞しているうちに自由に想像し、それぞれに発想が巡るように考えています。
──会期中になにか印象的な出来事はありましたか?
ロングテーブルの上にすべての展示物を並べ、その周囲をぐるりと巡りながら鑑賞する構成にしたのですが、おかげですべての事象がセシリエの頭の中でつながっている様子を明確に示すことができたように思います。何ヶ月もかけてオブジェの配置を検証しただけに、どの角度から眺めても美しく風景が広がっていたと思います。
また非常に細かい部分ですが、壁面に掲示したセリシエのコメントを、2会場のボリュームに合わせて、カッティングシートの明度とフォントの大きさを直前に変更したのには驚きました。セシリエは、実際にモノが置かれる環境と人の関係性を細かく、丁寧に検証していく人。会場のボリュームや形状、外光の入り方、動線を鑑み、より適切な見え方を求めて細かな調整を入れたのです。
── 展覧会を通して、改めて気づいたセシリエ・マンツ氏の魅力とは?
以前、セシリエと協働するメーカーを取材した際、かなり多くの試作を手がけるタイプのデザイナーであると聞きました。実際にセシリエと展覧会の構成を考えているときも、こうしたらどのように感じるだろうか、違う方向から見た時にはいかなる反応が起こりうるだろうかなど、何度も繰り返し確認し、対話を重ねました。
彼女の細やかさは、実際にデザインされたものに触れるユーザーの意識を代弁するもの。試作の多さは、一人ひとりの異なる感覚に意識を重ねながら、できるかぎり広く、多くの人が享受できる存在を追い求める気持ちの表れでもあるように感じます。
セシリエ・マンツ氏の集めたいろいろなものの中には、日本人の私たちにとっても馴染みのあるものや、日常で目にするものもありました。
不思議と彼女の感覚に引っかかるものが集まると、日常のものでも少し新鮮な視点に気づいたり、純粋にモノそのものの面白さを感じる部分を見つけたり、より繊細なカラーの違いを発見したり。なんとなくセシリエ・マンツ氏の思考の中に入り込んだような、わくわくした気持ちになる展示でした。
2023年、ENシリーズ に加わった繊細な4色のカラーバージョン、
マットダスティグリーン=淡いくすんだグリーン
マットラスティレッド=さびのような濃い赤
マットクレイホワイト=粘土の色にインスパイアされた限りなく白に近いトーン
マットブラック=つやを抑えた墨のような深みを感じる黒
それぞれのカラーが異なる魅力を持ったアイテムで、置く場所や周りにあるものによっても、新たな表情を見せてくれます。今回の展覧会を通じて、ENのカラーバージョンが生まれた背景も、垣間見れた気がしました。
猪飼尚司 Hisashi Ikai
大学でジャーナリズムを専攻後、渡仏。帰国後フリーで執筆、編集活動を開始。デザイン分野を中心に、建築、アート、工芸まで取材活動を行う。企業コンサルティングや、展覧会の企画なども手がける。2023年5月に開催したセシリエ・マンツ展のディレクションを担当した。
photo_ Kohei Yamamoto